【行動経済学と投資③】ルールは変えなかったのに、僕が動かすお金だけが膨らんでいた|ハウスマネー効果・メンタルアカウンティング

オフィスでFXチャートを見ながら首をかしげるバゲットのキャラクター。『行動経済学と投資③ ハウスマネー効果とメンタルアカウンティング』のタイトル入りアイキャッチ画像 きまぐれ投資日記
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ブレグジットで、僕は大きく勝った。

その後も、ルールも戦略も何ひとつ変えないつもりだった。同じやり方で、淡々と続けていこう——そう決めていた。なのに数ヶ月後、僕は「大金を失った」という感覚から抜け出せずにいた。

不思議なのは、通算成績はほぼトントン、むしろ少しプラスだったこと。それなのに、なぜこんなに痛かったのか。

犯人は相場でも、証券会社でもなかった。「勝って増えたお金」に対する、僕の心の”勘定の付け方”だった。(そもそもの失敗の全体像は、原点記事のFX失敗談にまとめています)

この記事でわかること

  • ハウスマネー効果とメンタルアカウンティングとは何か(高校生にもわかる説明つき)
  • 「比率が同じなら、ロットを上げても同じ」という考えに潜む落とし穴
  • 勝っても気を大きくしないために、意志で頑張らずに済むたったひとつの仕組み

ハウスマネー効果とメンタルアカウンティングとは

まず言葉の整理から。この記事の主役は、2つの心のクセです。

ひとつめが「メンタルアカウンティング(心の会計)」。同じ金額のお金でも、「元手」「利益」「ボーナス」といったラベルごとに、心の中で別々の口座に振り分けて扱いを変えてしまうクセのことです。本来、お金に色はついていません。1万円は、どこから来た1万円でも1万円のはず。なのに僕らの心は、勝手に色をつけてしまう。

ふたつめが、そこから生まれる「ハウスマネー効果」。勝って増えたお金を「自分の元々のお金とは別物=あぶく銭」のように感じて、いつもより大胆に賭けやすくなる現象です。カジノで、自分が勝って積み上がったチップを「ハウス(胴元)のお金」みたいな気分で気楽に張ってしまう——そこから名づけられました。

高校生にもわかるハウスマネー効果

むずかしく感じたら、お年玉を思い出してください。

同じ1万円でも、コツコツ貯めたバイト代の1万円と、お正月にもらったお年玉の1万円。使い方、変わりませんか。お年玉だと「臨時収入だし」と気が大きくなって、普段は買わない物にパーッと使ってしまう。これがメンタルアカウンティングです。

そして、投資やギャンブルで「勝って増えたぶん」は、この気が大きくなるお年玉とそっくりの扱いになりやすい。「どうせ勝ち金だから」と、いつもより雑に、いつもより大きく賭けやすくなる。これがハウスマネー効果です。

(正直な注記として。教科書的なハウスマネー効果は「勝った直後にギャンブルが雑になる」という派手な形で紹介されることが多いです。でも僕自身の体験は、”雑に賭けた”というより”規律を守ったつもりのまま、ロットだけがじわじわ上がっていた”形でした。だからこの記事では、暴走版ではなく「規律の顔をして忍び込むハウスマネー効果」として書きます。もとになった研究は、勝ち負けの後の賭け方を調べた Thaler & Johnson〈1990〉、メンタルアカウンティングは同じく Thaler の概念です。)

ルールは変えなかった。ロットだけが上がっていた

ブレグジット(2016年6月)の大勝のあと、僕は自分にこう言い聞かせていました。「調子に乗るな。ルールも戦略も変えない。今まで通りやる」と。

実際、リスクリワードレシオ(利益と損失の比率)は2:1のまま。トレードの回数も、1日に数回から週に十回くらい。1回1回は勝つこともあれば負けることもあって、「1週間トータルで負けてなければヨシ」という自分ルールも、変えていないつもりでした。

変えたつもりがなかったのに、たったひとつだけ、静かに変わっていたものがあります。ロットです。ドル円は、ブレグジット前は基本的に1万通貨。それが、ブレグジット後は5〜10万通貨で取引するようになっていました。

理屈はこうでした。「比率が2:1で同じなら、ロットが大きくなっても、やってることは同じだ」。

でも、これが落とし穴でした。僕はリスクを「比率」で数えていて、「金額」では数えていなかった。1万通貨の2:1と、10万通貨の2:1は、心の中では同じでも、財布の中では5〜10倍ちがう。1回の勝ちも、1回の負けも、こっそり数倍に膨らんでいたんです。

1万通貨と10万通貨の損益幅を並べた棒グラフ。右が約10倍高い

(図:同じRR2:1でも、1万通貨と10万通貨では1トレードで動く金額が約10倍になる、というイメージ。これは研究データのグラフではなく、ハウスマネー効果とメンタルアカウンティングを直感的に示すための自作の図です。数値は僕のFX時代のロット感〈1万→5〜10万通貨〉に基づく例示です)

自分では気づいていませんでしたが、あの頃の僕には「自由に使えるお金が増えた」という感覚が、たしかにありました。勝ち金というクッションが、僕を少しだけ気楽にしていた。「少しくらい負けても大丈夫」という過信も、たぶんどこかにあった。それが、ロットを上げることへの心理的なブレーキを、そっと外していたんだと思います。

米大統領選までは、それでも利益は少しずつ増えていました。ロットを上げても勝率は大きく変わらず、うまくいっているように見えた。

そして——ブレグジットの一撃で勝ち、大統領選の一撃で負けました。相殺すれば、ほぼトントン。むしろ少しプラス。

それなのに、僕の中に残ったのは「大金を失った」という感覚だけでした。立ち直るのに、ずいぶん時間がかかった。

なぜ引き分けなのに、こんなに痛かったのか。ここで効いてくるのが、第1回で書いたプロスペクト理論です。人は、負けの痛みを勝ちの嬉しさの倍以上に感じる。そこにロットの数倍が掛け算されれば、”痛みの絶対額”も数倍。勝ちの記憶はさらっと消え、負けの記憶だけが焼きついたわけです。

戦略を変えた覚えは、本当にありませんでした。変わっていたのは、僕が一撃で動かす金額だけだったんです。

直し方は「意志」じゃなく「仕組み」だった

じゃあ、どう直すか。

「勝っても気を大きくしないぞ」と意志で頑張る、という手はあります。でも、僕には無理でした。第2回でも書いた通り、意志は感情に、あっさり負けます。「調子に乗るな」と言い聞かせていたはずの僕が、現にロットを10倍にしていたのが、その証拠です。

だから僕がたどり着いたのは、意志ではなく仕組みでした。全部を一から勉強し直して、行き着いた先が、インデックスの積立投資です。毎月、同じ額を、自動で。

これがなぜ効くか。積立には、そもそも「勝ち金」というラベルを貼る瞬間がないんです。含み益がどれだけ増えても、来月の積立額は変わらない。「比率が同じだからロットを上げよう」と考える場面が、最初から発生しない。いくら投じるかを、僕の気分が決められない仕組みになっている。

「いくら賭けるか」を自分の気分に決めさせるのをやめて、毎月同じ額が勝手に積み上がる仕組みに乗り換えた。

勝ち金で気が大きくなる自由も、比率の錯覚も、仕組みの側であらかじめ閉じてある。退屈だけれど、退屈だからこそ、感情では壊せない。あの頃の僕にいちばん足りなかったのは、まさにこれでした。

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免責

本記事は僕個人の経験と考えを記録したものであり、特定の金融商品を推奨するものでも、投資助言でもありません。投資の判断はご自身の責任でお願いします。なお当時のFX口座はすでに解約しており取引記録は残っていないため、金額・ロット等の細部は記憶に基づく再現です。

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