2016年の夏、僕は自分に才能があると本気で思っていた。
イギリスのEU離脱・ブレグジット。世界中が「まさか」と言ったあの国民投票で、僕のポジションはきれいに当たった。口座の残高が一晩で膨らんでいくのを見ながら、僕は思ったんだ。「相場、読めるじゃん」って。
そこから僕は、少しずつロットを上げていった。勝てるんだから、大きく張った方がいい。当然の判断のつもりだった。
でも今ふりかえると、あの「勝ち」こそが、数か月後の大惨事の引き金だった。今日はその話をしたい。勝ったあとに、なぜ人は足をすくわれるのか——行動経済学でいう「自信過剰」と「コントロール幻想」の話だ。
(この記事は、僕のFX失敗談[原点記事]を1回1テーマで解剖していく連載の第2回です。第1回[プロスペクト理論の回]では「なぜ損切りできないのか」を扱いました。)
この記事でわかること
- なぜ「勝ったあと」がいちばん危ないのか(自信過剰・コントロール幻想)
- 相場が逆に動いても「自分が間違っている」と思えなかった心理(自己奉仕バイアス・確証バイアス)
- 才能でも気合でもなく、「仕組み」で自分を守るという結論
勝ったあとが、いちばん危ない
まず、身近な例から。
車の免許を取った直後って、なぜかいちばん運転が上手い”気”がしないだろうか。「運転なんて余裕」と一番イキがるのは、たいてい取りたての頃だ。まだ怖い目に遭っていないから、何が危険かも見えていない。見えていないから、怖くない。怖くないから、自信がある。
これを行動経済学では自信過剰バイアスと呼ぶ。人は自分の能力や、予測の正確さを、実際より高く見積もってしまう。
やっかいなのは、この自信過剰が「経験」では簡単に治らないことだ。むしろ経験が浅いほど強く出る。よく知られた話に「ダニング=クルーガー効果」があって、下のような曲線で紹介されることが多い。

※この曲線は、ダニング=クルーガー効果を広く親しまれた形にした”イメージ図”です。元の研究(1999年)が実際に示したのは「実力の低い人ほど、自分の順位を高く見積もる傾向がある」という点でした。
少しかじって成功すると、自信は一気に「完全に理解した」の山に登る。そこで現実に打ちのめされて「絶望の谷」に落ち、経験を積んで、ようやく地に足のついた自信が戻ってくる——という物語だ。
僕はまさに、ブレグジットの大勝で、この山のてっぺんに立っていた。
ここに、もう2つの悪い癖が重なる。
ひとつはコントロール幻想。本来コントロールできないものを「自分なら動かせる・読める」と錯覚してしまう心理だ。宝くじを、自分で数字を選んだ方が「当たる気がする」あの感覚。実際の当選確率は同じなのに、だ。僕がロットを上げていったのも、これだった。「相場を読める自分」なら、大きく張ってもコントロールできる、と思い込んでいた。
投資の世界では、この錯覚のコストがはっきり数字に出ている。個人投資家を大規模に調べた研究では、たくさん取引する人ほどリターンが低いことが分かっている。論文のタイトルは、ずばり「取引は資産に有害」。動けば動くほど、自信のぶんだけ損をしていた、というわけだ。
そして、いちばんタチが悪いのが、もうひとつ。自己奉仕バイアス——勝ちは自分の実力、負けは外部のせい、と考えてしまう心理だ。
これがあると、自信過剰は永遠に治らない。勝てば「やっぱり才能がある」と自信が膨らみ、負ければ「運が悪かった」「相場がおかしい」と外に原因を探す。どっちに転んでも、自分の勘違いだけが補強されていくループに入ってしまう。
第1回で、僕は「自分の間違いを認められず、犯人探しをした」という話を、チラッとだけ残しておいた。その”犯人探し”が主役になるのが、次の夜の話だ。
あの夜、僕は証券会社を疑った
2016年11月、アメリカ大統領選の開票の夜。
僕の頭には、ひとつの強烈な思い込みがあった。「トランプが勝てば、リスクオフで円高になる」。だから僕は、円高に賭けるポジションを握っていた。トランプ勝利=円高。それが崩れるなんて、想像すらしていなかった。逆のシナリオ~~トランプノミクスへの期待でドル高・円安に振れる~~を、僕は一度も頭に入れていなかった。
開票が進み、トランプ当確が近づく。相場が動く。円安方向に。僕の読みとは、逆に。
それでも最初は気にしなかった。経済指標の発表直後なんかは、相場が一瞬、わけのわからない動きをすることがある。「初動はノイズだろう」。そう自分に言い聞かせて、様子を見た。
ところが相場は、乱高下しながらも、じりじりと円安へ進んでいく。「何か、おかしい」。
ここで僕が最初に疑ったのは——自分の相場観、ではなかった。スプレッドだ。「急変動で、スプレッドが異常に広がってるんじゃないか」。以前SNSで「相場が急変したとき、証券会社によってスプレッドの差が大きい」と騒がれたのを、僕は覚えていた。都合のいい”外部の犯人”が、記憶の棚にあらかじめ用意されていた、というわけだ。
確認してみる。たしかに、いつもより広めではある。でもそれは開票が始まった頃からずっとで、今この瞬間に何かが起きた形跡はない。原因は、分からない。
それでも僕は引き下がらなかった。「じゃあ、証券会社ごとにプライスそのものが違うんじゃないか?」。——この期に及んでも、僕は「自分の相場観が間違っている」可能性を、まだ一度も本気で検討していなかった。
スマホで、他の証券会社に2〜3社ログインして、レートを見比べた。結果は、どこも円安。多少の差はあれど、円安方向に動いているのは間違いなかった。犯人は、どこにもいなかった。
そこでようやく、僕は動揺した。原因が分からない。損切りすべきか、まだ様子を見るべきか。迷って、迷って、動けなかった。
最後にSNSや証券会社のニュースを漁って、やっと答えにたどり着く。トランプノミクスへの期待で、相場はむしろドル高・円安に振れている——僕が一度も想定しなかった、あの逆シナリオだった。
そして僕は、仕方なく損切りした。
いま振り返って怖いのは、「損切りできなかった」ことじゃない。あの夜、僕が「自分が間違っているかもしれない」という可能性を、いちばん最後まで検討しなかったことだ。他社のレートをわざわざ確認する行動力はあったのに、その行動力は全部、自分の正しさを守るために使われていた。犯人探しに費やした時間のぶん、僕の判断は遅れた。
(このあと僕は、失った分を取り返そうとして、さらに暴走することになる。でも、その話はまた別の回で。)
「当てにいく」のをやめた
あの夜の僕に足りなかったのは、知識でも度胸でもない。「自分は間違うかもしれない」という前提だった。
でも、ここが大事なところなんだけど、その前提を「気をつけよう」「次は謙虚でいよう」という”意志”で持ち続けるのは、まず無理だ。人は勝てばまた才能を感じるし、負ければまた犯人を探す。意志は、感情の前であっけなく折れる。
だから僕がたどり着いたのは、意志ではなく仕組みだった。
インデックスの積立投資は、そもそも「相場を当てる」ことを一切要求してこない。上がるか下がるかを、読む必要がない。読まないから、外れようがない。コントロールできると錯覚していたハンドルを、最初から握らない設計なんだ。
“当てられる僕”を信じるのをやめて、”当てなくていい仕組み”に切り替えた。
才能があると勘違いしていた頃の僕にこれを言っても、絶対に信じなかったと思う。でも、当てにいかない退屈さこそが、今のところ僕の資産を、いちばん確実に守ってくれている。
あわせて読みたい
▶行動経済学シリーズ(全5回+2)
- そもそも僕が情報の偏りを痛感した原点:2016年・大統領選のFX失敗談
- 『行動経済学と投資』第0回:フィルターバブルとエコーチェンバー
- 『行動経済学と投資』第1回:プロスペクト理論と損失回避性向
- 『行動経済学と投資』第2回:ダニング・クルーガー効果と認知バイアス(本記事)
- 『行動経済学と投資』第3回:ハウスマネー効果とメンタルアカウンティング
- 『行動経済学と投資』第4回:サンクコスト効果とリベンジトレード
- 『行動経済学と投資』第5回:まとめと対策「意思のいらない仕組みづくり」
▶「引き金外し」としてのインデックス投資
- 判断ブロックで触れた「自動積立」の全体像 → インデックス投資まとめ
- 時間を味方につける仕組み → ドルコスト平均法と複利の力
▶一次情報にアクセスする第一歩としてのSBI経済圏
- SBI証券の評判解説編→SBI証券のメリット・デメリット・評判|7年使った兼業投資家の本音レビュー
- SBI証券口座開設編→【全画面解説】SBI証券の口座開設〜オルカン積立設定まで|初心者が最短で始める全手順
- SBI証券こどもNISA開設編→こどもNISAと親のNISAどっちが先?積立額別の戦略とSBI証券「ゼロカン」【2027年開始】
- Oliveクレカ戦略編→【実体験】Oliveゴールド×SBI証券クレカ積立の還元率|上乗せプランの本当の条件と2枚持ち戦略の見直し【2026年10月更新】
- Vポイント解説編→SBIのVポイントを「貯めて→投資に使う」出口編|貯めたポイント、そのままにしていませんか?
- ネット銀行戦略編→SBIハイブリッド預金 vs ハイパー預金|金利差より「目的別口座」で選ぶ僕が乗り換えない理由
- iDeCo銘柄戦略編→SBI証券iDeCoの商品、結局何を買う?|雪だるま1本で来た僕が新ラインナップで悩んでいること
- SBI証券出口戦略編→【新NISA対応】SBI証券の定期売却でFIRE取り崩しを自動化|3%ルールの設定方法
免責
この記事は、僕自身の経験と、行動経済学に関する一般的な知見をもとにした個人的な読み物です。特定の金融商品の売買や、投資手法を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任と判断でお願いします。

コメント